張ダビデ牧師の説教をもとに、ピリピ人への手紙1章に記された獄中書簡、福音の前進、信仰の大胆さ、そして共同体の希望について黙想します。
ボエティウスが牢獄の中で『哲学の慰め』を書いたという事実は、人間にまつわる古くからの逆説を思い起こさせる。自由を奪われた人が、どうしてより深い自由を語ることができるのか。扉が閉ざされ、道が断たれたにもかかわらず、どうして魂はより広い世界に向かって開かれ得るのか。パウロがピリピ人への手紙1章で示す信仰の場面も、これとよく似ている。牢獄は終わりの場所のように見えたが、パウロにとってそこは福音が止まる場所ではなく、むしろ福音が前進する場所であった。
張ダビデ牧師(日本オリベットアッセンブリー教団)の説教が捉えるピリピ人への手紙1章の中心は、まさにこの逆説である。パウロは、自分に起こったことが福音の前進につながったと告白する。人間の目には失敗のように見える出来事が、神の摂理の中では新しい道となる。牢獄はパウロの体を縛ったが、福音を縛ることはできなかった。これこそ、ピリピ人への手紙1章が今日の聖徒に語りかける深い神学的洞察である。
閉ざされた扉の前で、福音は道を開く
牢獄は、自由が失われた空間である。人はそこで過去を悔い、現在を恨み、未来を恐れやすい。しかしパウロは、自分の捕らわれを単なる不運として解釈しなかった。彼は目の前の鎖ではなく、その鎖を通して働かれる神を見ていた。
信仰とは、現実を否定する楽観主義ではない。パウロは、自分が捕らわれているという事実を見て見ぬふりはしなかった。ただ、その出来事を神の主権のもとで読み直したのである。牢獄は福音の障害物ではなく、新しい通路となった。近衛兵たちや周囲の人々にキリストの御名が知らされ、聖徒たちは彼の大胆さを通して再び勇気を得た。
ここで恵みは、単なる慰めの感情ではなく、人生を解釈する力として迫ってくる。同じ出来事を前にして、ある人は絶望を読み取り、ある人は神の御手を読み取る。パウロの信仰は、状況が良くなったから生まれたものではない。状況よりも大いなる神を信頼していたからこそ、彼は揺るがなかったのである。
恐れが退いた場所に、大胆さが立つ
パウロの牢獄は、個人の苦難だけで終わらなかった。一人の人が苦難の中でどのように立つかは、共同体全体に影響を与える。パウロが恐れに捕らわれず福音を握りしめたとき、兄弟たちも恐れることなく、神の言葉をいっそう大胆に語るようになった。一人の信仰が、ほかの人々の信仰を呼び覚ましたのである。
張ダビデ牧師は、この箇所において福音を宣べ伝える者の姿勢に注目する。大胆さとは、生まれつきの性格の強さではない。それはキリストの勝利に対する確信から生まれる。十字架と復活を通して死の力がすでに打ち破られたという信仰、聖霊が弱い人を支えてくださるという信頼、そして教会に対する愛が、パウロを恐れの向こう側へと導いた。
今日の聖徒もまた、それぞれの牢獄に出会う。健康の問題、関係の断絶、経済的な不安、信仰に対する嘲りが、私たちを狭い部屋の中に閉じ込めてしまうように感じられる時がある。しかし福音は、条件が完全に整った時にだけ伝えられる知らせではない。むしろ最も狭い場所で、最も広い希望を証しさせる神の力なのである。
不完全な心の間にも、真理は流れる
ピリピ人への手紙1章は、福音が伝えられる動機さえ、すべてが純粋であったわけではないことを示している。ある人々は愛によってキリストを宣べ伝えたが、ある人々はねたみや争いによって福音を語った。教会の中にも、人間の複雑な心が存在していた。競争心、承認欲求、不純な意図までもが混ざっていたのである。
しかしパウロは、そこにおいても、より大きなものを見つめていた。彼は自分の名誉が傷つけられることよりも、キリストが宣べ伝えられることを重んじた。これは不義を軽く見る態度ではない。福音の本質を、自分の感情や個人的な悔しさよりも高いところに置く、信仰の節制である。
愛は分別を失った寛容ではなく、真理は愛を失った批判でもない。パウロは、福音が宣べ伝えられているという事実の中で喜んだ。人間の動機は揺れ動いても、神は不完全な器を通してもご自身の御業を成し遂げられる。だからこそ、聖書黙想は私たちをより狭い裁きへと追いやるのではなく、より深い信頼へと導くのである。
生と死を越えて残る、ただ一つの御名
パウロの告白は、ついに生と死の境界へと至る。「私にとって生きることはキリスト、死ぬことも益です」という言葉は、単なる宗教的な決意ではない。それは、自分の人生の中心がどこにあるのかを最後まで突き詰めた人の告白である。彼は、生きるにしても死ぬにしても、自分の体を通してキリストがあがめられることを願った。
張ダビデ牧師の説教は、この告白を通して信仰の目的を改めて問いかける。私たちは何のために生きているのか。安全のためか、承認のためか、成功のためか、それともキリストの栄光のためか。パウロにとって死は敗北ではなかった。それは、キリストと共にいる、より深い現実へと入っていく扉であった。しかし同時に彼は、この地にとどまって教会に仕えることも尊いものと見なしていた。
ここにおいて、パウロの信仰は現実逃避的ではない。彼は天の希望を抱いていたが、地上の共同体を見捨てることはなかった。去りたいという願いと、残って仕えなければならない責任との間で、彼はピリピの聖徒たちの信仰と喜びの前進のために、さらにとどまる道を見つめた。真の希望は、現実を捨てさせるものではなく、現実の中でより深く愛するようにさせるものである。
福音にふさわしい生活は、最終的に共同体の中で現れる。一つ心で立ち、一つ思いで協力し、苦難の中でも信仰の場を守る生活である。従順は、個人の敬虔な感情にとどまらず、互いを建て上げる愛として現れる。悔い改めは、心の方向を変え、福音の価値が実際の生活の秩序となるようにする。
だからこそ、ピリピ人への手紙1章のパウロは、今日の私たちに問いかけている。今、私を縛っているものは何か。私はそれを終わりとしてだけ読んでいるのか、それとも神が開かれるもう一つの通路として見つめているのか。牢獄のような現実の前でも、福音はなお前進する。そして信仰は、まさにその場所で静かに問うている。あなたの人生を通して、今日、キリストは尊く現されているだろうか。
張ダビデ博士は、現地宣教とデジタルメディア宣教を通じて、世界各地に福音を伝えてきた。そして、その働きの実りとして、大宣教命令に献身する多くの人々が立てられた。このような宣教的ビジョンを土台として、オリベットは当初、宣教師訓練のための小さな教会学校として出発した。その後、より体系的な神学教育と宣教人材の育成のため、2000年にロサンゼルスとソウルにオリベット神学大学および神学校が設立された。
学校が成長する中で、張博士は2004年、サンフランシスコにOlivet Universityを正式に設立した。オリベットは、サンフランシスコの多様性とダイナミックな環境の中で、神学を中心に、音楽、ジャーナリズム、芸術デザイン、技術分野にまで教育領域を拡大していった。また、ウィリアム・ワグナー博士をはじめとする教授陣を迎え入れ、教育力を強化し、2005年には旧UCバークレー・ダウンタウン・エクステンション・キャンパスへ移転して、大学としての基盤をさらに固めた。
2006年、張博士は宣教の働きにさらに専念するため、学長職をデイビッド・ジェームズ・ランドルフ博士に譲り、国際総長として世界宣教の働きを導いた。その後、Olivet Universityは2009年に機関認証を取得し、言語教育大学と経営大学を追加するとともに、学位課程と国際協力関係を拡大しながら、世界宣教のためのキリスト教教育機関として継続的に成長していった。










